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ブルートレインに乗ろう
寝台特急富士に乗車(東京→大分)@ 【東京都】
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来年春にも廃止ではないかとのウワサがある、東京発大分行きの寝台特急『富士』。
途中の門司駅までは熊本行きの『はやぶさ』と併結して走り、東京駅から九州へ行く最後に残った夜行列車である。
『富士』という列車名は日本で最初の列車愛称だった。
その歴史は1929年(昭和4年)、東京〜下関を結んでいた特急列車(列車番号1・2)に付けられたのが始まり。
当時は『富士』から朝鮮半島・満州・シベリア鉄道を介し、パリやロンドンまで通しの切符が発売されていたそうだ。
そして戦争での中断後、昼間の列車で復活、1969年(昭和39年)に東京〜大分の寝台特急になった。
そして、現在の『富士』の列車番号も1・2(下りが1、上りは2)。
JRに数ある列車でも、1という列車番号を与えられた頂点に君臨する列車。
・・・と言いたいところだけど、現在のJRには列車番号1はもう1本存在していて。
上野発札幌行き寝台特急『北斗星』の列車番号も1。
ウンチクはこのくらいにして、最後の乗車になるかもしれない寝台特急『富士』に乗ってきました。
東京駅10番ホーム。
寝台特急『富士』『はやぶさ』はすでに入線していた。
先頭の寝台車の前に行くと人だかりが。
隣のポケモン新幹線を撮っているワケではありません。

来た来た!
客車に近付いてきたのはEF66形電気機関車。
田町の車庫から回送列車として引いてきて、東京駅で反対側に付け替える作業をしているのである。
ここで待っていたのは、連結作業を見ようとしていた人たち。

手旗合図に従って機関車がゆっくりと近付いてくる。

連結完了!
このEF66形電気機関車は、本州西端の下関駅までの担当。
1966年(昭和41年)に試作機がデビューし、それから1990年(平成2年)に新型電気機関車が登場するまでの間、日本で最大のパワーを誇る電気機関車だった。
1つ残念なことが。
先頭がホームからはみ出していて、写真を撮れません。

代わりに最後尾の寝台車を。
今年春に寝台急行銀河が廃止されてから、ブルートレインと呼ばれる寝台車が東京駅に来るのはこの1本だけなのが寂しい。

ホームの案内表示はこうなっているけど、富士はそんなに長い編成じゃない。
実際は『はやぶさ』が前6両、『富士』が後ろ6両で合計が12両編成。
案内表示も『富士 大分』と『はやぶさ 熊本』が交互に切り替わって表示している。

さあ、いよいよ乗車。
と、その前に。
買い物は済んでいますか?
『富士』『はやぶさ』には食堂車の連結はないのです。
車内販売も明朝7時近くの徳山駅から博多駅までだけ。
『富士』は博多駅に行かないから、徳山駅から下関駅までの約1時間半しか車内販売のチャンスがない。
事前の食料調達が必須なのです。

今回乗るのはA寝台車。
『シングルデラックス』と呼ばれる個室寝台です。
カーペットが敷かれた廊下を歩くと、ちょっと特別な気分。

こちらが本日の部屋でございます。
部屋の中はこれだけ。
ベッドとテーブルがあるだけ。

テーブルを持ち上げると、中は洗面台。

廊下側には照明や空調のスイッチがある。
この設備で部屋代(寝台料金)は13350円。
これとは別に特急料金と運賃が必要。
東京〜大分は全部で3万円以上かかってしまうのだ。
(B寝台なら24000円弱)
同じ金額を出せば、飛行機に乗れてしまう。
しかも所要時間は比べ物にならない。
これだから利用客が減るばかり。

18:03、定刻に東京駅を発車。

平行して走る新幹線に追い抜かれていく。
東京駅を18:03に発車した『富士』が、終点の大分駅に着くのは翌日11:17。
ちなみに東京駅18:10発『のぞみ51号』に乗ると、小倉駅で特急『ソニック59号』に乗換えて大分駅に着くのは深夜24:35。
まったく勝負にならない・・・(lll´Д`)=3

多摩川を渡って神奈川県へ。
東京都とはおさらば。

『富士』は夜の東海道本線と山陽本線を駆け抜け、本州を西へ。
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