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青森(現在の気象状況)

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竜飛岬に行こう
■その1 青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸 【青森県】
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今回は青森駅から列車で津軽半島の先端にある竜飛岬を目指す。
と、その前に、青森駅で忘れちゃいけないのが青函連絡船。
青函トンネルが開通する前まで青森と函館を結んでいた。
青森駅近くに当時の連絡船が係留され、内部が見学できるようになっている。

係留されているのは八甲田丸。
八甲田丸は1964年(昭和39年)に就航。
1988年(昭和63年)3月13日、青森発函館行き最終便に使われた船である。

現在は「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」という博物館になっている。
この写真の左下に石川さゆり「津軽海峡冬景色」の歌碑があって、曲が流れている。
ちなみに青函連絡船最終便(八甲田丸)が青森駅を出発するとき、「津軽海峡冬景色」の大合唱が乗客たちから自然に起こったそうだ。

それでは船内を見学しよう。
3階に上がり、地元で使われた昔の道具が展示されているコーナーへ。
しかし元々は普通船室のあった場所。
展示品の置かれている場所は、現役当時はカーペットが敷かれた桟敷席だった。

当時の座席が残るグリーン船室。

こちらは寝台室。
手前が洗面台もある居間で、奥の部屋に2段ベッドがある。
当時の所要時間は約4時間だったから、ゆっくり寝ていられなかったと思うけど。

事務長室。
狭いながらも机とイス、応接セット、ベッドがある。

船長室になると窓付き。

4階にある操舵室。

操舵室の窓から青森湾を望む。
窓に付いている丸い物は旋回窓。
真ん中の横棒が回転し、雪をどかして視界を確保するのだ。
豪雪ではワイパーなんて力不足らしい。

操舵室の後ろにある通信室。
置いてあるダルマは安全祈願のもの?

動かなくなったから行かれるようになった場所、煙突。
船の中で一番高いこの場所は「煙突展望台」に。

煙突展望台からの眺め(操舵室からと同じ方向)。
遠くに見える陸地は下北半島?
北海道はさすがに見えません。
ちなみに後ろは青森ベイブリッジが架かり、眺め悪し。

次はエレベーターで1階に下りて車両甲板へ。
旅客列車は船を介し青森駅と函館駅で乗換えが必要だった。
貨物列車は貨車を船にそのまま積み込み、本州と北海道を直通運転していた。
ここが貨車を収めていた車両甲板。
外国だと旅客列車もそのまま船に載せる所もある。→その時の旅行記

車両甲板には連結器が備え付けられ、貨車を連結して動かないようにしていた。
この他にも各車両を鎖で固定するようになっている。

車両甲板で展示されている郵便荷物車スユニ50形。
1978年(昭和53年)から80両が製造され、1986年(昭和61年)の郵便・荷物輸送廃止とともにほとんどの車両が廃車、国鉄からJRに継承されたのは7両だけ。
僅かに残った車両は救援車代用という、ほとんど走る機会のない存在。

スユニ50形の後ろに並ぶキハ82特急形気動車。
1961年(昭和36年)から製造され、四国以外の日本全国で活躍した。
1995年(平成7年)に全車引退。

そのまままっすぐ行くと行き止まりに。
港ではここの扉が開き、地上の線路と接続した。

DD16形ディーゼル機関車(奥)とヒ600形控車。
連絡船に貨車を出し入れするとき、重い機関車を船内に入れないために貨車との間に連結したのが控車。
ちなみに廃車されたDD16形の1両は海を渡り、台湾新幹線の工事用車両になった。

最後は地下1階の機関室。
エンジンルームも見学できます。

本当は急いで周って最後に八甲田丸カレー(ホタテ入り)を食べるはずが・・・。
じっくり見てしまったため時間切れ、急いで青森駅に戻らねば!
次は特急「白鳥」に乗って竜飛海底駅へ。
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